紅海を隔てた物語
体長オス70 – 80cm、メス50 – 60cm、尾長40 – 65cm。体重オス約20kg、メス約10kg。オスは側頭部から肩にかけてたてがみが生え、マントのように見えることが名前の由来です。エチオピア、アラビア半島等紅海両岸地域の険しい岩場に生息します。
アフリカとアラビアは紅海で隔てられていて、なぜ両地域にマントヒヒが生息するのか謎とされていましたが、近年のミトコンドリアDNA解析を用いた研究でその謎が解明されつつあります。紅海両岸は最も距離が近づくバブ・エル・マンデブ海峡で30kmありますが、そこは氷期に何度か陸続きであったようです。その陸橋はダナキル地峡と呼ばれます。まず13万〜44万年前にマントヒヒの先祖であるヒヒはアフリカからアラビアに渡たりました。その後、陸橋は消えてヒヒはアラビア半島で繁殖し顕著な特徴をもつマントヒヒと進化しました。そして約2万年前に再び陸続きとなった時に一部がアフリカに戻ってきたと考えられます。ダナキル地峡を渡ったのはマントヒヒだけではありません。アフリカで誕生したホモ・サピエンスはそのルートを逆に進みユーラシア大陸に進出したと考えられています。
時代は巡り古代エジプト時代。人々は月神、知恵の神、太陽神ラーの助言者トートの化身の1つとしてマントヒヒを崇拝していました。パピルスや壁画や装飾品に描かれたりしていますがその姿は太陽を崇拝している姿であることが多く、オスのヒヒが毛づくろいをしてもらっているときの、 頭を後ろにもたげ、腕を空に持ち上げた特徴的な姿勢がモデルになっているのではないかとの説があります。ルクソールの神殿にミイラとして埋葬され、発見されたヒヒはファラオのペットだったことが分かっています。
エジプトで崇拝された他の動物と違い、マントヒヒはエジプトには生息しない動物です。エジプト時代の記録からマントヒヒはプント国から輸入されていたと分かっています。しかしプントがどこにあったのか、分かっていませんでしたが、ルクソール神殿のミイラのマントヒヒのミトコンドリアDNA解析により、そのヒヒは現在のエリトリア周辺に生息する個体群と遺伝的に近いことが明らかとなりました。そこはアクスム王国の港湾都市・アドゥリスの位置と重なり、プント王国= アドゥリスである仮説が立てられました。
参考文献
日経サイエンス | ヒヒは太陽神ラーの使い 霊長類学で古代エジプト世界の謎を解く (2022年5月号) 2024年6月8日閲覧
VIETNAM.VN | 科学技術 | 科学 | ヒヒのミイラの118年にわたる謎を解読する (2023年11月11日) 2024年6月8日閲覧
ARAMCO WORLD | 幸せもの? 文:マシュー・テラー(2012年11月/12月) 2024年6月8日閲覧
“Tectono-Thermal Evolution of the Red Sea Rift” Samuel C. Boone / Maria-Laura Balestrieri / Barry Kohn . (2021) 2024年6月8日閲覧